出発


 「それで……先生は見つかったのか?」

  ウルトラマリンの長い髪をふってレダーヌ……イヴ惑星連邦評議会議長が、いかにも不機嫌そうに、ヒステリックに聞いた。聞かれた教育委員長は、やや短目(ミジカメ)のウルトラマリンの髪を ゆさぶって、身のおきどころがないほど恐縮しながら答える。

 「はい……もう二百人も採用してみたのですが議長……どれもひ弱で……生徒より先にへたばってしまいまして……」

  評議会議長はいらいらしながら、壁にかけてあるイヴ本星の淡いピンクの立体図を見上げて、せわしなく髪をいじくっていた。

 「もっとましな教官の見込みは?」

  委員長のほうは、そこで少しは希望のありそうな顔色になって身を乗り出した。

 「けさほど赤道の南に降りた船をご存じで……」

  議長は、なにをいい出すのだという表情で、うさんくさそうに委員長にながし目をくれた。

 「あれに教官としては最も適格な男が二人乗っていました」

 「男だと!?」

  議長の目が、いかにも汚いものを思い出したというふうに、タテのまぶたを閉じてしばたたいた。

 「はい……男です……それにもうひとつ問題が……」

 「問題?」

  委員長は少しためらったあと、思いきったように髪をふって口を開いた。

 「ふたりは地球人です、議長」

  ……議長はしばし絶句した。地球人……星間闘争に破れた、哀れな汚れきった星の住人……その上、ここらではめったに見ることもない、けがらわしい男という名の種族……。しばし沈黙の あと、議長は気をとりなおして委員長に質問を再開した。

 「そのふたりは野蛮か?」

  得(エ)たりと委員長は髪をふる。

 「あきれるくらい野蛮です。なにしろ食べ物と見たら、なりふりかまわずかじりつくというか、くらいつくというか、その意地汚さ、マナーの悪さは、うわさに聞いた、地球人の生態そのもの……」

  議長は、ほおづえをついて動かなくなった。ウルトラマリンのほつれ毛も、そよともなびかず、それはこの種族独特の考えるポーズだった。


  そうだ、ここときたらなにもかもがブルー系だ。住人の髪の色は目のさめるようなウルトラマリンだし、肌は淡いブルーで、目の色もブルー、衣服の好みもブルー系が多いし、街路も壁も、 内装もブルー一色だった。

  ただひとつなぐさめになるのは、たなびく霧と、地面の色そのものが淡いピンクだということだ。

 「酒まで青いときてるもんなあ」

  トチローがタメ息をついた。

  このレストランも例にもれずブルーで暗かった。この星のブルーの住民たちは、そのほの暗いブルーの闇にとけ込んで、まるでここにいるのは、ハーロックとトチローと、シヌノラの 三人……と、まだ名のないネコ一匹だけのように見える。

  ネコは青い正体不明の肉を、ハナにしわをよせて、さもまずそうにむさぼり食っている。

 「ここには職だってなさそうだな」

  ハーロックがなさけなさそうにつぶやいた。

 「それこそ強盗でもやらないと、新しい船を手にいれる方法はねえ」

  トチローは、惑星ハングリアでの失敗にもめげず、まだ強盗という不法行為に興味を示していた。

 「あちィ」

  トチローが非鳴をあげて、おでこを押さえた。

  ブルーの熱い汁が、通りすがりの女が手にしたボールからゆらいでとび散ったのだ。

  髪のちぢれた、濃いブルーの目の色をした女だった。

 「ごめんよ」

  女は気にしたようすもなく、腰をゆすって通過しようとした。

 「あいさつはそれだけか?」

  むしゃくしゃしているときだけに、ハーロックははじめから闘争本能丸だしの荒(アラ)っぽさで立ちあがった。

 「あら、それじゃどういうごあいさつをすればいいのかしらね、汚いおひと」

  女はボールを近くのテーブルへ置くと、悠然と腰をひねって向きなおった。

  珍しいことに、女の胸には赤い色の三角を組み合わせたような、標識がついていた。なにかの公的なポジションについていることを示すマークらしく、権力がバックにあるのを思わせるような 人をなめきった動作であった。

 「てめえ、やろうめ」

  トチローが青スジを立てて怒り狂おうとする前に、事態は、いったいなにがどうなったのかわからなくなるほど、瞬間的に進行した。

  腰をひねって、悠然としていた女のからだがはじかれたようにふたつ折れになってふっとび、通りに面したテクタイトの青いガラスをぶちぬいて、けたたましい音を立てて街路上に思いきり たたきつけられたのだ。

  まったく遠慮のないハーロックの右腕の一撃だった。もちろん相手が死なない程度に手かげんをした上での暴力だったが、レストランの青く暗い客席が、それこそ水を打ったように 静まりかえった。恐怖の吐息がかすかに壁ぎわから聞こえる。

 「退散したほうが賢明ですね」

  シヌノラがネコをだいてイスから立った。

 「おまえ、なんとまあ、つまり、気持がいいというか、見さかいがないというか、野蛮というか……」

  トチローが目をシロクロさせてまだ一歩も動かないうちに、するどい音をたててブルーのライトを点滅させたパトカーが店の前に止まった。

  青い制服に長身をつつんだ、飾り的な感じのする女が四人、つかつかとはいってくるなり、三人と一匹に青い銃をつきつけた。

 「お迎えにきました」

  警官が口をひらいたと思われた……言葉が聞きとれたのだからしゃべる時間はあったにちがいないのだが、次の瞬間、またしても事態は支離滅裂となって、物の壊れるハデな音がした。

 「ずらかれ!!」

  たたきつけられた四人の警官を踏みつけて、三人は店をとび出した。

 「野蛮人よ、あれは!!」

  ブルーの店内がざわついた。

 「地球人ですって、けがらわしい!!」

 「しかも男よ!!」

 「なんてふけつ!!」


  船はピンクの砂の上にすわり込んでいた。着陸のとき、船腹をこすった長い航跡が、砂の上に残っていた。垂直に降りるだけのパワーのゆとりもなかったのである。

 「ここへ逃げ込んでも、もうどこへも行けないわ」

  べつに悲観したふうでもなくシヌノラがいった。トチローは、ドサクサにまぎれて、かかえてきた食料をハーロックとわかちあっている。

 「しょうがねえ、これを食ったら自首しようか。ブタ箱じゃ、ちゃんと三度のメシは食わしてくれるだろうからな」

  トチローは青バナナの皮を器用にむきながらネコに語りかけた。

  ハーロックは青ナシをかじりながら憮然(ブゼン)としていった。

 「ここじゃおまえ、メシは四日に一度だ」

  トチローはそれを聞くと、ハタと食べる手を休めた。目がうつろになった。

  三人と一匹は、巨大な廃船という名のカゴの中の哀れな小鳥だった。

  船のエネルギーはつきたが、身につけている武器のエネルギーは十分あった。

  それでも、三人と一匹はブタ箱へ行くことになった。半ば自首したようなものであった。食料がつきては、意地をはってケンカもしてはいられない。四日に一度でも食わないよりはましだ。

 

  どっちにしろカゴの鳥の続きにはちがいない。ここではハーロックのバカ力でも破壊できない重力バリヤーがブタ箱をつつんでいた。

 「しかし……」

  トチローは四日に一度のあてがわれた食料を味わいながらいった。

 「まんざらでもない待遇だな」

 「太らせて食べる気かしらね」

  シヌノラがめずらしく冗談をいうほどだから、ブタ箱の居心地は悪くはない。

 「なにかやつらに魂胆(コンタン)があるんだろうよ、油断はできない」

  そういいつつ、ハーロックも気がゆるんでくるのをとめようがなかった。正直にいうと、ブタ箱はホテルのように快適である。外へ出られないという不自由さをのぞけば……。

 

 「戦技教官?」

  ハーロックはあっけにとられて議長の顔を見た。ウルトラマリンの髪をもてあそびながら、議長は三人と一匹をブルーの目でねめまわした。

 「しかし……」

  ハーロックが、なにかいいかけるのをさえぎって、トチローが大声を出した。

 「やりましょう、給料をくれるなら!!」

 「ええ、十分いただけるなら」

  シヌノラも相づちをうった。

 「でも、なぜ我々に教官の役など? 適任者はほかにもはいて捨てるほどいるだろうに……。しかも我々の戦闘方式もここではうまく……」

  ハーロックが解せぬ面持ちで議長にくいさがる。

 「あなたがた、地球人の戦闘技が、もっとも原始的で野蛮で、迫力があるからです」

  議長は、やや皮肉を込めていった。


  囚人は先生になった……。

  惑星イヴの新設された戦技学校の生徒は、あの、レストランでトラブルを起こした赤い三角のマークの組合せを胸につけた連中だった。あのときノックアウトした女もまじっていた。

  したがって、ハーロックの教育方針は、ことのほか厳しかった。

  からだがふらつくほどの重装備を身につけさせて、ピンクの練兵場(トレーニングエリア)を、ようしゃなくはいまわらせ、駆けまわらせた。

  生徒たちの動きは、まるでスローモーションのビデオに近い。シヌノラでさえ同じ装備を身につけて、けっこうテキパキと走りまわっているのに、生徒たちはスローモーションでゆらゆらと 動いている。装備が重いのも原因のひとつにはちがいないが、理由はほかにもあった。

 

  この星のいい所は、どちらかといえば、すべてがものぐさ向きにできているということだ。早い話がシャワーでさえ、服を脱がずにあびることができる。快い水……と感じるものが、ノズルから 着服ごとからだにふりかかり、それだけでさっぱりと汗も汚れもなくなって風呂上がりの気分にひたることができる。

  議長がシャワー室にはいってきたのにハーロックは気がつかなかった。青い影のように彼女ははいってきた。

 「教育の成果について、あなたのご意見がうかがいたくてね、ハーロック」

  レダーヌにいつもの傲慢さはなかった。

  服を着たままのシャワーだからハーロックもべつにあわてなかったが、しかし、はいってこられるまで気がつかなかったのは不覚だった。トチローとシヌノラはネコを連れて食堂へ行っていて 不在だ。

  レダーヌは、ウルトラマリンの長い髪をスリムなからだにまつわりつかせて、海の精がそのまま地上へ現れたような幻想的なムードをもっている。

  しかし、相手は評議会議長だ。この星での最高権力者なのだ。不用意なことはいえない。

 「ここの生徒は……戦技学習には向かない」

  ハーロックは本当のことをいった。

 「なぜ? ハーロック」

 「つまり……ここの……あなたの同族は、生まれつき野蛮な戦闘向きにはできていないんだ。外へ出て戦うのは無理だ」

  ハーロックの言葉にうそはなかった。

 「それでは我々の未来には自滅しかありません。いつまでも、そう、あなたがたのいう優雅なふるまいをして暮らしていける環境ではなくなりつつあります。イヴ惑星連邦をとりまく 星間協定連合の現況は……」

  ハーロックはこの場合、うそはつきたくなかった。ここの連中はまったくもって戦技などというものには無縁な、エレガントな生命体なのだ。

 「エレガントに生まれついた者には、エレガントに生きる手だてがあるはずだ。野蛮なおれたちが、野蛮を楽しみながら生きてるようにね」

  ハーロックは、だんだん自分が理屈(リクツ)っぽくなっているのに気づいていた。

 「野蛮さも時として必要な能力……あなたはそれを教えるためにここへきた……永久にここから出ることはない……」

  レダーヌの青いひとみと、青いくちびるが海の妖精のように息づいている。

 「………」

  ハーロックは思考能力が麻酔にかかったようにしびれるのを感じた……不覚だった。返す返すも不覚だった。レダーヌをみくびりすぎたことを後悔した。野蛮さにおいては問題に ならない……この星の戦士が何人束になってもハーロックに敵(カナ)うはずがない。だが、まったく対抗する手段がないわけでもない。ハーロックは金しばりにあったように動けないのだ。 ネコが帰ってこなければどうなっていたかわからない。


 「おれはな、ここに居残ることにしたよ」

  ハーロックにそう切り出されて、トチローもシヌノラもあっけにとられた。

 「なにも、みんなを見すてようってんじゃない。レダーヌにかけあって、ちゃんと船を一隻、もらう約束をしたんだ。最高のやつをね」

 「なぜおれたちと旅に出た?」

  トチローが沈んだ声を出した。

 「なぜって……まあな、そりゃ各人いろいろだ」

 「そういうことね、ハーロック。じゃ私たちは行くわ。どこに船があるの?」

  シヌノラは無表情に聞いた。心なしか、まなじりがつり上がって、きつい顔に見える。こんな感じのシヌノラを見たのは初めてである。トチローはそんなシヌノラを見て身ぶるいした。 助けてくれ!! おれはこの恐ろしげな異星の女と、ふたりきりで旅をすることになるんだ……思わず口から出かけたが、それをいってしまうと、この先の旅がもっと恐ろしいものになるので、 あわてて口の中で言葉をかみ殺した。

  気まずい時間が流れた。

 

  その船は、やはり青い色をしていた。中型の外航船で、ブリッジが後部についた平和的な……いってみれば漁船の一種みたいなものだ。装甲板(アーマー)などというものは影も形もない。 外板の薄い、ペラペラのクルーザーである。

 「おれは赤い船が望みだ……」

  タラップに片足かけてトチローがつぶやいた。

 「名前は決めてあるの?」

  これからの長い旅を思うと、シヌノラはついトチローにやさしくなる。ハーロックは遠くから、レダーヌといっしょに見ている。

 「デスシャドウ」

  トチローが青い船体を見上げながら、いつか手にするであろう自分の船の名前をシヌノラに教えた。

 「赤いデスシャドウ……」

  遠くハーロックのわきに立つレダーヌのウルトラマリンの髪が、風にふんわりとなびいているのが見えた。スローモーションのようにゆったりと風に舞っていた。

  キルティングのような内装をほどこされた船内のようすは優雅としかいいようがなく、やさしさに包まれたような内部は、やはりブルー一色だ。気になるのは、武装というものがいっさい ないことである。宇宙という名の海は、優雅な場所ばかりとは限らない。

  シヌノラはのみ込みが早かった。操作をいち早く解読すると、ブリッジのパネルに、この付近の星間航路図を出した。アルタイルまで約六〇〇万宇宙キロ、あまり地球人もシヌノラの 同族もやってこない辺境である。稼ぐには不向きな土地だが、それだけ危険も少なかった。地球からの追跡者も暗殺者も、やたらには姿を現さないだろう。

  ウルトラマリンの髪が目の前を風に乗ってゆらゆらとゆらめく中を、トチローとシヌノラとネコに引き渡された青い中型船は、ゆっくりと動きはじめた。かつてハーロックが乗って駆けめぐった 地球の戦闘用艦艇にくらべると、きゃしゃで弱々しく見える。たよりない船だったが、ともかく船は船だった。

 「これで満足ですか、ハーロック。あれはイヴ惑星連邦でも最優秀の部類に属する高速船です」

  レダーヌはハーロックの横顔を見ながら歌うようにいった。

 「ひとつ残念なことがある」

 「ひとつ?」

  ハーロックは、動いていく船から目をはなさずにつぶやいた。

 「おれがあの船に乗っていないってことさ」

  レダーヌは、大きく青い目を見開いてハーロックを見た。

 「レダーヌ……あんたたちには感謝しているよ、全く感謝している。給料のかわりにいただくのなら文句はない、ぜんぜん文句はない」

  かき消すようにハーロックがレダーヌの前から消えた。優雅に首をめぐらしたレダーヌの目に猛然とダッシュしたハーロックの背中が見えた。止めようのない速度で彼は遠ざかって行く。 レダーヌは声も出ない。

 

  ハーロックが船へ向かって走ってくるのにトチローは気づいていた。エアロックを開けば、なんとか間に合いそうだった。

  シヌノラは、彼女もハーロックの姿を見ているはずだが、いっこうに減速する気配はなかった。

 「そうだ、もう少し走らせてやれ。そのほうが身のためだ」

  と、少し意地悪な気分になってハーロックを見ていたトチローだが、そこはかけがえのない親友のこと、シヌノラほどしつこく怒っているわけにはいかない。

 

  レダーヌは、あまりにも空港の中へ深くはいりすぎていた。異変に気がついた警備兵が、重力カーをふっとばして駆けつけたときは、すべてが手おくれだったのだ。開かれたエアロックに ハーロックの姿が吸い込まれると、船は上昇に移った。レダーヌは、ハーロックの動きにくらべ、自分たちの動きが、まるでスローモーションのように、緩慢(カンマン)でゆっくりしているのに 失望した。

 「あんな連中とまともにわたり合おうと考えたのが、まちがいのもとかもしれない……」

  レダーヌはイヴ惑星連邦評議会議長の立場にもどって深い絶望におそわれた。

  青い船は加速して、青い雲の中に姿を消そうとしていた。


 「これが高速船だって!?」

  ハーロックが文句をいうまでもなく、この青い中型船は毎時四〇宇宙キロしかスピードが上がらず、こういうのは遊覧船の部類にはいる。内海用の低速航路向けで、とても星間航海に 使えた代物(シロモノ)ではない。

 「これでも早いのさ、あの人たちにはね。なんせ、時間の流れというか、速度というか、身を置いている時間というやつの進行速度が、あそこじゃおれたちの五分の一ぐらいなんだからな。 おれたちの動きが、ハエかノミのように、おそろしく早く、こまかく感じたろうよ」

  のたーっとねころびながら、トチローが解説をはじめた。

 「おまえも気づいていたか」

  それは、三人ともそれぞれに初めから気づいていたことだった。

  イヴ惑星連邦内の“時間”の速度が、なぜかここだけゆがんで、きわめてゆっくり進行しているのだ。スロー&スローで、ゆったりと、すべてがゆっくりとスローモーション的におそく、正常な 速度の異世界からの侵入者であるハーロックとトチロー一味にしてみれば、大してトレーニングをつんでいなくても、立ちまわりはたいへんに楽なところだったのだ。格闘技となればなおさらの ことだ。スローで動く相手に倍速の人間がいどむようなもので、右に左に自由にかわすことが可能だし、相手の感知能力を超えた速度の一撃を、奇襲的にぶち込むことも容易である。なぜ 外の世界からの侵入者の時間の進行速度とイヴ惑星連邦の時間速度が、くい違ったままなのか、その理由はだれにもわからない。

 「おれたちが油断のならない野蛮人だということがよくわかっただろう。彼女らが、たとえ戦闘テクニックを習得して外の世界にたち向かってみても、しょせんはムダなこと、自滅するだけだ。 それを断念させただけでも感謝してもらわなくてはな」

  ハーロックは、レダーヌをペテンにかけた後ろめたさもあって、弁解じみた理屈を展開した。

 「あなたが本気でレダーヌにひかれて、残る気になったのかと思ったわ。少なくとも、何パーセントかはその気になったのかと……」

  シヌノラはまだ少し怒っているようだった。

 「時間の流れがくい違ったままでも、イヴ惑星連邦には、それなりの武器が……戦い方があった……。それにはっきり気づいたら……あれはあれで恐ろしい一族になる……おれはネコに 助けてもらったようなものだからな」

  ハーロックは、シャワー室での一件を思い出していた。相手の抵抗を停止させた、あの引きこまれるようなレダーヌの力を……。

  彼女から脱出するには、こういう方法しかなかったということを……。

  青い船は全速でゆったりと飛んでいた。青い雲がたなびくピンクの惑星イヴがいっこうに小さくならない。

 「気にすることはないわ。追跡船が出てきても、その船もゆっくりしているはずだから……」

  シヌノラのいうとおりだった。ここはイヴ惑星連邦の時間帯の中、すべてがゆっくりと、意外なほど漠とした流れの中にある世界なのである。

 「これじゃ海賊にもなれないなあ」

  トチローはまだ強盗願望を捨てられないらしい。

  そしてひと足先にその思いを果たした相手が現れた。正常な時間速度で……。

  センサーがそれなりにけたたましく警報を発し、右舷からの接近を告げた。それは戦意をむき出しにした強盗船にちかいものだった。

 「こっちは木から落ちたナマケモノってところか……武器もない」

  さすがのハーロックもお手上げであきらめの境地だった。

 「あの船がほしいなあ。赤くぬりかえるとサマになるだろうになあ」

  猛々(タケダケ)しい海賊船を見て、トチローがタメ息をついた。

 「あれはいい船だわ」

  シヌノラも接近してくるその船に見とれた。黒いシルエットのような、所属も、乗っている生命形態も不明な本物の高速船にくらべると、こちらの青い中型船は哀れなほど鈍重で、哀れなほど 優雅にゆっくり飛ぶしかなかった。

 「レダーヌはこうなるのを知っていたのかもしれないな、トチロー」

  しかしトチローもシヌノラも返事をしなかった。右舷側からその黒い影のような船が、一気に接舷してきたのだ。猛烈なショックが、優雅にハーロックたち三人と一匹をなぎ倒した。


  海賊はその道のプロらしく、移乗ダクトを無遠慮にブチ抜きで打ち込んできた。曲線で構成された装甲服に身をかためた海賊どもが一気になだれ込んできた。意外にもそれは人間型の 二足動物だった。

  海賊どもがその複眼で見たのは、フワフワと優雅に立ちまわる、イヴ連邦型のかったるい動き方をする三人の二足動物だった。たいへんにくみしやすいとうわさされる、別の時間の流れの 中に住む、エレガントな一族の船だと、先刻、承知の上で乗り込んだのだ。

  空間竜騎兵拳銃(コスモドラグーン)の轟音がブリッジにとどろいた。海賊たちは不意をつかれて混乱した。

  パニックに陥っているうちに、三人が移乗ダクトを逆走して本船に乗り移っているのに気がついた。あとの祭りである。

  竜騎兵拳銃を頭に突きつけられて、キャプテンは手を上げるしかなかった。キャプテン・メルメバルーサ……この空間では名の知れた大海賊である。その盛名は地球にまで とどろいている。

 「気に入った、おれの負けだ」

  プロフェッショナルらしく、いさぎよい。

 「おれはそろそろリタイアしたい気分になっていたところだ。ほしけりゃこのバルメラーゼV世号と手下どもをくれてやるぜ、ハーロック」

  ハーロックは、最後に自分の名前が出てきたので驚いた。まだ名乗った覚えはないのだ。

 「おまえさんは大いに有名だぜ。おれたちの仲間で知らねえ者はいねえ。この船にもおまえを探しあるいているバカがふたりいる」

 「おれを探しているやつ?」

  ハーロックはいやな気持ちになった。

  キャプテンの案内で下部の船倉に降りると、たしかにそいつはそこにいた。うす汚れた壁によりかかって、絶望的な目つきでハーロックを見上げた。そして……それがハーロックだと わかると、いまにも即死せんばかりに目を見開き、口からひゅーひゅー空気を吐き出して身をふるわせた。惑星ハングリアで見かけたのと同じ、地球の追跡者……新しい支配者デベ族に 心を売った暗殺者がふたり、捕われの身となってそこにいた。

  ハーロックにとって、メルメバルーサは……この稀代(キダイ)の大海賊は、敵ではなかった。戦う理由がない、ともに追われる無法の海の住人である。

 

  レダーヌはわが目をうたがった。ハーロックにだまし盗られたと思った青い船が、忽然と舞いもどってきたのだ。船にはハーロックたちにかわって、ふたりの地球人が乗っていた。 “戦技教官に最適の地球人”というハーロックのメッセージつきで……。

  レダーヌはこのふたりを永久にイヴ惑星連邦から外へは出さない決心で、うでによりをかけた。はるか星系の果てを、ハーロックの新しい船が飛び去るのをセンサーが感じていた。

 「もう一度会いたい……」

  イヴ惑星連邦評議会議長ではない、ひとりのイヴ族の女として、レダーヌはセンサーに語りかけた。それが叶(カナ)うはずのない願いとは知りながら……。

  バルメラーゼV世号は、たしかにすばらしい船だった。機関も武装も強大で、乗組員もよく訓練されていた。この船は、まるで巨大な生きた生物のような機能をもっている。

  敵意は消えた。ひさしぶりに、六時間おきの食事にありついて、三人と一匹はひと息ついた。根拠地まで四十時間あった。休養には十分すぎる時間がある。


  根拠地はまさしく騒然としていた。さすがのハーロックも少し不安になった。なにしろこの茶色の小惑星ときたひには、住人の全部が海賊、山賊、盗賊のたぐいなのだから、正業に ついている者などひとりもいない。

 「おれがいちばんまともだ」

  トチローが胸を張るのもむべなるかな、ここはそういう所なのだ。

 「根拠地としては安全だけど、星としては危険だわ」

  シヌノラがいうまでもなく、この小惑星は特異な、特殊な根拠地なのだ。

  小惑星自体が三つの太陽の周回軌道上を高速で公転している、というやっかいなもので、それゆえに自然の要塞として侵入者をよせつけない安全な根拠地となっている。

  住人同士お互いが気にしなければ、実に住みやすい土地だ。シヌノラやトチローは大いにここが気に入ったらしい。ただ、身の回りの物がひんぴんと紛失するのにはまいった。どろぼうの 共食いみたいな社会で、油断もスキもない。全宇宙で、これくらいキビしい所もまたとあるまい。

  いろんなタイプの船もゴロゴロしている。お互いがふっかけ合うので、買い取り交渉はややこしいし、第一、ハーロックたちにはその資力が、金がない。稼ぐのが先決である。

  キャプテン・メルメバルーサが船をくれてやるというのは本気なのだが、それではともらってしまっては身もフタもない。考えてみればわかる。船そのものはともかく、もらい受けた部下など、 いざというとき、ものの役に立つとは思えない。何か、もらい受けるには、それなりの正当な理由が必要なのだ。それが見つからないために、三人と一匹はなんやかやと理屈をつけながら、 ひねもす根拠地でムダメシを食う居候を決め込んで時を空費してしまった。

 「少し太ったかなあ」

  などといいながら、トチローは手あたり次第に食べまくっているので、そろそろ胃弱になる予定である。ハーロックも考え込んでしまった。もらうものはさっさともらってしまうべきなのかも

しれない、と考えたりもした。

  決心しかけたころ、チャンスというか、きっかけは、思いもかけぬ方向から勝手にやって来てくれた。痛ましく悲惨な結末をともなって……。

 

  優雅な趣のある光景だった。ゆらゆらと、ゆらめきながら、青い長い髪をなびかせながら、レダーヌのきたえ上げた戦技兵が海賊小惑星へ降下して来たのは、あれ以来かれこれ三ヵ月も たったころだった。

  襲撃というより、バレエの披露に来たような感じで、島中の無法者どもは空を仰ぎ見て溜息をつき興奮した。レダーヌは無謀だった。それ以上に、戦技教官となったふたりの地球人は、 相手を見あやまったというべきであろう。彼らの生徒たちがひとり残らず息の根を止められるのに一時間とかからなかった。無残だった。

 「あのバカふたりがけしかけたのか!!」

  キャプテン・メルメバルーサはさすがに色をなして怒った。リタイアしたいといったことなど、とっくに忘れていた。

 「おのれ吊るしてやる。大体、あのとき助けてやったのがまちがいだったのだ!!」

  たしかにそのとおりだったのだ。レダーヌの戦技兵がここへ来たのは、ハーロックが目的だった。どういうふうに教育したのかは知らないが、三ヵ月の間に青い女たちを追跡者に 仕立て上げて、海賊島へ降下させたのだ。

 「これはおれの問題だ。船をかせ!!」

  ハーロックはホルスターへ銃をぶち込むとメルメバルーサに要求した。

 「いいとも。おまえにどっちみちくれてやるつもりの船だ、もっていけ」

  結局、三人と一匹がバルメラーゼV世号に乗った。上昇したとき、島の大地を見るだけで胸がいたんだ。青い妖精の亡骸(ナキガラ)をふりまいたように、レダーヌの娘たちが小惑星の茶色の 地表に散らばっているのだ。

  ハーロックはほとんど全速に近い速度で惑星イヴの大気圏に突入した。ひき裂くような雷鳴に似た爆音がレダーヌの耳に海賊船の侵入をじかに知らせた。

  戦技学校の練兵場(トレーニングエリア)に降りた海賊船はレダーヌに要求した。

 「ふたりの犬を出せ!!」

 「ハーロック!!」

  二度と会うことはないと思っていたハーロックとの再会に、レダーヌは驚いた。

  ゆっくりと、ウルトラマリンの髪をなびかせて船に近づいたレダーヌは、船を見上げて声をかけた。

 「ハーロック!! 姿を見せて……」

  トチローとシヌノラは思わず顔を見あわせた。

 「降りてもいいか、シヌノラ?」

  ハーロックがシヌノラをふり返った。

 「私に聞くことはないでしょう、ハーロック」

  シヌノラの声は冷静だったが、少々トゲがあった。トチローは目をまん中に寄せた。

  ハーロックは、ピンクの砂の上に降りた。黒いエリの真紅のコスチュームと、ウルトラマリンとブルーにつつまれたレダーヌが向かいあって立つさまは、異様にハデなながめだ。

 「おれはいったはずだ。きみたちは戦いには向かないと……。なぜ海賊島へ来た?」

 「ハーロック、もうどこへも行かないで」

  レダーヌはハーロックの言葉には答えずに、ひたと胸元へ身をよせた。

  見下ろすシヌノラの目が、しかし、わりあいおだやかなのを見て、トチローは少し安心した。

 「あいつより、おれのほうが好きなのかもしれない」

  などと考えてみたが、すぐあほらしくなって考えるのをやめた。

 「しまった……」

  レダーヌに身をよせられて、からだがしびれはじめたハーロックは後悔した。あのときと同じだ。抵抗する術(スベ)はない。時間の流れの違う種族のもつ恐るべき武器が、ハーロックの 傷だらけのからだを金しばりにした。

  あのときはネコが帰ってきた……。しかしネコはいま、シヌノラのうでの中にいる……。

  レダーヌの青い吐息を耳元に感じる。いけない!!

 「ハーロック、私のハーロック、もうどこへもいかないで……。どこへも……」

  ハーロックの視界は青一色にかすんだ。

  もう何も見えない……。


  左肩に感じた激しい痛みで、ハーロックは我に返った。

  地球型の衝撃銃独特のオレンジ色の光条が地上すれすれにかすめてくるのが目にはいった。ふたりの犬が狙撃しているのだ。

  レダーヌは首すじから青い血を流して砂に片ひざをついている。

  ハーロックはレダーヌを砂に押したおすと、横にころがりざま、ホルスターから銃を引きぬいた。

  遠すぎる、狙撃者は青い霧のかなたにかすんで、所在がわからない。

  猛烈な衝撃が砂をまき上げ、ハーロックとレダーヌを包んだ。

  海賊船が重オプチカル砲をぶっぱなしたのだ。対宇宙船用の武器だから、当然威力はあり余るほどだ。狙う必要もない、ふたりの犬は名前さえわからないまま、分子となってけしとんだ。

  引き金を引いたトチローは非常に満足だった。犬が消えたからではない。この船が、満足すべき機能を十分に備えていることがわかったからだ。

 「あとは赤くぬりかえて、デスシャドウと改名すりゃ、いうことはねえ」

 「さあすんだぞ、船を返してもどろう」

  ハーロックの声で、トチローは妄想からさめた。そうだ、この船はメルメバルーサのものなのだ。

  遠くに立ちつくして、去ってゆく船を見送るレダーヌの姿があった。

 「たくさんの同族をなくして……おれたちのまねをしたばかりに……寂しいだろうなあ」

  トチローがしみじみといった。

 「あの人は、優雅に戦う方法を学んだわ。イヴ惑星連邦には自分たち自身の戦い方があることを……。同族がへったのは心配いらない……クローン増殖のイヴ族がこの世に生まれ 出たときから……。寂しい一族……人口復元するのは思ったより早いわ。ひとりが全員、全員がひとり……みんなレダーヌ……それがイヴ族……」

  シヌノラが、想像以上にやさしい女性であることをハーロックもトチローも思い知らされた。

  船を見送るレダーヌの髪が風にたなびき、そのほおを青く透明な涙が流れ落ちた。

  そしてレダーヌは優雅に身をひねると、風に乗った青い妖精のように青い霧の中に消えていった。

 

 「おかしい、ハーロック、島がないぞ」

  トチローが、信じられないというふうに首をひねった。無数の小片が空間に舞っているだけで、海賊島の影も形もない。高速公転軌道上の小惑星同士が衝突したか、エネルギーの あつかいを無法者のだれかがしくじって自爆したのか、原因は永久にわからない。とにかく島は消えた。三人と一匹に船を残して……。

 

 「デスシャドウか……いい名前だ。だが、赤くぬりかえるには時間も金もない……」

  ハーロックは海賊船長が立っていたその艦橋に立って前方を見た。どこでだれの手で、どういう種族の手で建造されたか、いまとなっては永久にわからなくなった船だが、どことなく、 自分が乗っていた艦にムードが似ているのが気に入った。戦闘宇宙船はだれが造っても究極ではこうなるという見本のような船だ。艦尾には旗を掲(カカ)げる旗ざおが突き出している。 旗はなかった。

 「どんな旗を掲げるの?」

  シヌノラが聞いた。

 「おれたちの旗さ」

  ハーロックが答えた。

 「そうさ、おれたちの旗しかねえ」

  トチローが目を輝かせて答えた。

  シヌノラは、こんなに生々としたふたりの目を見たことがない。まるで昔から掲げる旗をもっていたかのように、ハーロックとトチローは顔を見合わせた。

 「掲げよう、おれたちの旗を!!」

  ネコにも名前がついた。長い論争のあげく一件は落着した。その名は“ミーメ”となった。

 

  惑星イヴの大気圏をかすめて、デスシャドウの黒い影が飛んだ。艦尾に黒地に白くそめぬいた髑髏(ドクロ)の旗をなびかせて……。

 “骨となっても戦う!!”はためく髑髏の旗は不屈の信念の断固たる表明である。

  レダーヌがその旗を見たかどうかはわからない。


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